
この数週間で、防衛省の防衛力整備において、目を見張る発表が2つあった。
いずれも敵基地攻撃能力(反撃能力)に関するもので、これまで日本が国是である「専守防衛」「米国との役割分担」を理由に政策的に放棄してきたものだ。
トマホークの導入
防衛省は防衛力の抜本的な強化に向けて、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」を購入する検討に入った。相手の射程圏外から攻撃できる長射程の「スタンド・オフ・ミサイル」の選択肢となる。年末までに保有の是非を決める「反撃能力」の具体的な手段として念頭に置く。
上述のとおり、防衛省は米国製の巡航ミサイル「トマホーク」を購入する検討に入った。としている。
口の堅い防衛省が検討を漏らすということは即ち実行に移す可能性が十分に高いということだ。巡航ミサイルとは弾道ミサイルの対になる用語であり、一般的に長射程の誘導ミサイルを指す。
トマホークの兵器としての信頼性は抜群で、良くも悪くも米軍が過去何度も使用し、その有効性を証明してきた。自衛隊が装備するとすれば米軍同様に海上自衛隊の艦艇から発射する運用となるがこれには多くの問題がある。
まず一つはトマホーク発射のための設備が存在しないことである。すなわち、今から既存の艦艇のミサイル発射設備をトマホークを射出できるよう改修するか、もしくは現在建造中の艦艇のミサイル発射設備の設計を変更する必要がある。
艦艇は大体5年ごとに約半年間の整備期間がある。仮に既存の艦艇を改修するということであれば、このタイミングで行われるに違いない。他方でトマホーク搭載艦に改修すれば当然他のミサイルが打てなくなる。即ち、防空能力や対艦戦闘能力が設計を大きく下回ることになり当然これに対する手当をしなければならない。
2つ目の問題はミサイルの誘導である。トマホークは長距離巡航ミサイルであるため衛星により誘導されることになる。当然これまで日本は長距離ミサイルを保有していなかったわけであるから、これを誘導するための衛星を保有していない。昨今の安全保障環境やトマホーク導入の趣旨からしても、今から衛星を開発するわけにはいかない。最終的には国産の改良版のSSMや後に紹介する滑空弾に切り替えるわけだから、トマホークの使用は一時的なはず。基本的には米国の軍事衛星に頼ることになるはずだがそのための枠組みやミサイル搭載艦艇のシステムの改修も必要だ。
総じて一時的な出費はあるものの、大きな抑止力になることは間違いないだろう。
高速滑空弾の開発
政府が、沖縄県・尖閣諸島など島しょ防衛用の新型ミサイルとして配備を目指す「高速滑空弾」について、射程を千キロ超に延伸する改良を検討していることが30日、分かった。実現すれば中国沿岸部や北朝鮮を射程に収める。別の国産ミサイルや、取得を検討する米国製巡航ミサイル「トマホーク」などの海外製ミサイルと合わせ、岸田政権が保有を検討する敵基地攻撃能力(反撃能力)の手段を多様化させる構えだ。
10月下旬の報道によれば、防衛省は高速滑空弾の射程を1000kmへ延伸する検討に入ったとされる。
延伸という位だから、今回のタイミングで新しく開発するわけではない。
元々、陸自は数年前から「島嶼防衛用高速滑空弾」を開発しており、これ自体が島から島へミサイルで攻撃するという構想で、射程自体も数百kmであったことが伺える。
12SSMやトマホークとの最も大きな違いは地上から他の地上へ向けて打つミサイルであるということである。
陸上の作戦における兵器の射程の基準は榴弾砲の最大射程が大体30kmなので、1000kmが如何にばかげているか想像がつくだろう。陸上で行動する兵士は戦闘機や艦艇とは異なり、数十m~数10kmの範囲が主戦場なのである。
ではなぜ、いきなり1000kmに射程を延伸するのか。
個人的な推測でいえば、政治の決定だろう。そもそも陸自にそれだけ射程を延伸するメリットはどこにもないのだ。
射程延伸の問題点は多く存在する。
1つはトマホークと同じくターゲティングである。
この滑空弾はトマホークとは成り立ちが異なり、元々当初防衛用として国内の島を奪われた時に日本領土内にいる敵を排除するために設計されている。
つまり、占領軍の近くまで偵察部隊を派遣し、目視やレーダー、ドローンなどで状況を把握し、その情報に基づきミサイル発射方向及び着弾位置の概略を決定。最終的にはシーカーかレーザー誘導により標的に命中させる仕様のはずだ。
これが1000kmかつ他国の目標となれば話が異なる。まず、固定目標を除き、目標情報を得る手段がないし、誘導も難しい。
よって開発中であったミサイルの設計を根本から変えて、トマホークと同じような誘導方式に変更する必要があるのではないだろうか。
法律上の問題
恐らく国会で追及され、巧みな説明で乗り切ると思うが「専守防衛」を遵守することとこれらのミサイルと整合させることは難しい。
歴史的にみればトマホークは敵基地攻撃能力の代表格であり、懲罰的に使用されてきた。
これまでの敵基地攻撃能力保有の議論では、防衛省は、
「相手の大陸間弾道弾や巡航ミサイルの発射を抑止し、発射に着手した場合はこれを未然に叩く能力が必要」
の趣旨で説明してきている。
つまり、論の要は抑止である。この抑止の議論には日米安保条約における日本は専守防衛の盾であり、米軍はこれを補う矛との前提がある。
抑止には拒否的抑止と懲罰的抑止があり、拒否的抑止は侵攻してきた相手に損耗を与え、コストを認識させ、懲罰的抑止は侵攻すればそれにより得られる利益以上の懲罰的反撃を受けることを確信させて侵攻を思いとどまらせるもの。
日本政府は日米同盟の文脈において、日本は盾(拒否的抑止)、米国は矛(懲罰的抑止)というような趣旨でその役割分担を説明してきている。
すなわち、専守防衛≒拒否的抑止で、それ以上の他国への攻撃行動≒懲罰的抑止と置き換えることもできるといってもいいだろう。
今般の長距離ミサイルの保有は少なくとも能力上は矛、すなわち米軍が従来に担ってきた役割を負担可能なものであり、使い方により懲罰的反撃に該当し得るものだ。
よくたとえで包丁は使い方によって調理器具にもなるし凶器にもなるというが、長距離ミサイルも同じである。
武器としての性能上、敵の基地や都市を破壊できたとしても、日本国周辺での侵略軍に対処するための運用や、弾道ミサイルの発射を阻止するためのものであれば専守防衛の範疇であり、かつ拒否的抑止に分類可能。
逆に、敵の侵攻とは別の軸で都市などを攻撃するのであればそれは懲罰的攻撃であり、相手からみれば侵略の一部とみることも出来る。
ものは使いようなのだ。
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